公開日 2021年10月29日
皆さん、こんにちは。大学院生の小宅 です。
私は水素が金属に及ぼす影響について、研究しています。
水素はあらゆる元素の中でも、最も小さいものです。このため、水素は金属の内部に簡単に侵入してしまいます。水素が金属の中に侵入すると、金属の延びる性質—延性—が顕著に失われてしまいます。この現象は「水素脆化《すいそぜいか》」と呼ばれています。
世界中の研究者たちが、この水素脆化の要因を解明しようと日夜、研究に取り組んでいます。水素脆化の要因として考えられているものの一つは、水素が金属内部に侵入することにより作られる原子の抜け孔「空孔《くうこう》」です。空孔のような原子配列の乱れを、「格子欠陥《こうしけっかん》」と言います。私は、格子欠陥の振る舞いを調べることによって、たとえば水素がどうやって空孔を作りだすのか?といった未解明の重要な問題を解明することを目指しています。ところで格子欠陥のサイズは、0.1 ~10ナノメートル(1ナノメートルは、10億分の1メートル)程度しかありません。そのような極めて小さな格子欠陥を見るために、私はNEXTAに導入されている装置の一つ、透過電子顕微鏡(TEM—Transmission Electron Microscope)を駆使しています。
今日はこのTEMをテーマに私が行っている研究の一部をご紹介します。
・TEM(透過電子顕微鏡)とは?
皆さんは小中学生の時に、理科の授業で顕微鏡を使って植物の葉などを観察したことがあるでしょう。ここで使われた顕微鏡は、光を使ってモノを見る光学顕微鏡です。
これに対してTEMでは、電子を使ってモノを見ます。光ではなく電子を使うのは、「分解能」(モノを識別できる細かさ)が、最小でも光や電子といった波の「波長」(波の1周期分の長さ)の程度に制限されるからです(電子が波としての性質を持つことについては、高校物理の終わりの方で取り扱われます。)。光学顕微鏡で利用する光は可視光と呼ばれ、その波長は約380~780 ナノメートルです。ところで、金属内部の原子配列の間隔は0.1 ナノメートル程度しかありません。したがって、波長が原子間隔よりも 1000 倍程度も大きな可視光を使って原子配列に関する情報を得るのは、(少なくとも通常の方法では)無理なのです。これに対して電子の波の場合は、波長を原子間隔よりも小さな値(たとえば、0.0025 ナノメートル)にすることができます。したがってTEMを用いれば、格子欠陥などの原子配列に関する情報までも得られることになります。
TEMの操作部分の写真。TEMの操作は、通常は部屋を暗くして、これらの多くのスイッチやつまみを使っておこないます。TEMの操作を習得するのは簡単ではありません。しかし、TEMを実際に触っている時はまるで宇宙船を操縦している気分を味わえます。カッコよくないですか!?
・TEMで金属の中を覗いてみると?
では、TEMで金属の中を覗くとどんなふうに見えるのでしょうか?今回は、その一例をお見せします。最初にお話ししたように、水素脆化の要因の一つは、空孔と言われています。互いに近くにある複数の空孔は集まって空孔集合体を作る性質を持っています。この図は、アルミニウム内部のナノメートルサイズの空孔集合体を写したTEM写真です。このように、TEMを用いれば、肉眼や光学顕微鏡では見えない、金属内部にある極めて小さなモノを見ることができるのです。
アルミニウムのTEM写真。黒点一つ一つは、アルミニウム内部にあるナノメートルサイズの空孔集合体。
(集合体恐怖症の方、ごめんなさい)。
NEXTAは、さらに、TEMの中で金属を加熱しながら変形できる装置や、TEM と結合されたイオン照射装置によって金属内部に水素を導入できる特徴のある設備などを有しており、世界的にもユニークな研究成果を生み出しています。
いかがだったでしょうか?これを機に、金属やTEMに興味を持って頂けたら嬉しいです。TEMの他にもNEXTAには優れた実験装置や設備があります。NEXTAフレンズでは今後も、この様な学生が研究で使っている特徴的な実験装置や、研究の面白さ、金属材料の魅力、研究室生活等々の情報を発信していく予定です。いつか皆さんと共に研究できる日を楽しみにしています。また次回の記事でお会いしましょう!さようなら!