公開日 2025年06月25日
次世代たたら協創センター(NEXTA)にて実施されている内閣府地方大学・地域産業創生交付金事業「先端金属素材グローバル拠点の創出-Next Generation TATARA Project-」(令和5年から令和9年まで「展開枠」として採択)は、「先端金属素材の中心『島根』の創出」を2つのプロジェクトの産学連携研究開発で目指しています。
次世代航空機・エネルギープロジェクト内のテーマのひとつである加工高度化プロジェクト(研究リーダー 沓掛あすか助教)では、吉田佳典客員教授と共同で構築された理論である加工状態球(Process State Sphere)を用いた加工状態モニタリングシステム開発を地域企業と取り組んできました。特殊鋼は加工が難しく、熟練した職人の経験から暗黙知(カン・コツ)に頼った作業が散見されます。そこでデジタル技術により熟練工の技術や知識を継承し、不良品発生の予兆・兆候管理による品質安定・効率化省力化を目指すため、チップ摩耗検知システムMACE(Measurement system on ACE ACE:Automatic Cutting Experiment System)を開発しました。
このプロジェクトは研究者が構築した理論を地域企業が技能を提供し実証するという、あまり例のない取り組みで、理論を具現化するために試行錯誤を繰り返し、白熱した意見交換が行われました。既に特許も出願し、漸く5月下旬にプロジェクトに参画している、航空機産業を目指す企業グループSUSANOOメンバーである秦精工株式会社(安来市)、株式会社MAKATA(松江市)にMACEを導入し、加工に用いられている実機を用いてテストを行いました。
今後はデータ収集を継続的に行い、企業ニーズに合わせた改良を行い、機械学習により、最適切削条件探索システムを構築していきます。


取り付けの様子 MACE(ホルダー)
■秦精工株式会社 秦友宏 代表取締役社長
弊社では、日々超耐熱合金等の難削材を加工しています。被削材は非常に高額であるため、加工中は刃物の摩耗やチッピングによる不適合に細心の注意を払っています。また航空機エネルギー需要の急速な高まりに伴い、今後ますます難削材の加工が増加していくものと考えております。しかしながら人材採用難の昨今、長期間かけて加工熟練者を育てるのは非常に困難です。そのため、経験弱者でも加工が可能となるよう、このモニタリングシステムのような現場の加工者を支援するツールの必要性が今後さらに高まっていくと感じております。通常運用に至るまでNEXTAの皆様と開発を継続していきたいと思います。
■株式会社MAKATA 松尾和夫 代表取締役社長
本事業は当社にとって初めての産学連携ということもあり、大学への関わり方で戸惑ってしまい、もっと積極的に発言、行動していれば良かったと反省しています。
主業務が耐熱合金黒皮素材の旋削という特異な加工のため刃物の損傷も激しく、予期せぬ刃物の欠損も度々起こるため、切削中の様子が見える化されたことは大きな成果だと思います。経験から刃物の破損次期を予測していたベテラン加工者の感覚がデータにより裏付けされ標準化できれば、人材育成の面で活用することも期待しています。
■株式会社キグチテクニクス 武久浩之 専務取締役
チップ刃先にかかる切削力の検出に向け、各種センサーの選定には苦労を重ねましたが、最終的にひずみゲージを用いた切削三分力の独立測定が可能となりました。これにより、従来は作業者が経験や感覚で判断していた切削状態を、MACEの開発によってリアルタイムで可視化し、数値として把握できるようになったことは大きな前進です。
今後は、摩耗検知のためのしきい値設定と自動停止機能の導入、さらには難削材加工におけるチップ選定や切削条件の最適化が可能になることを期待しています。
■NEXTA 吉田佳典 特任教授
切削チップ先端の異常検知技術の構築には多くの試行錯誤と時間を要しましたが、ようやく納得のいく、科学的手法に基づいたロバストなシステムを完成させることができました。本技術は、極めてばらつきや変動の大きい切削現象を「状態」として安定的に評価し、刃先で今まさに起きている現象を物理的視点からリアルタイムでモニタリングすることを可能にします。現場での実証も一通り終え、今後は社会実装レベル(TRL9)を目指してさらなるブラッシュアップを重ねていきます。将来的には、この技術を基盤として、加工現場の状況を遠隔地から可視化・管理できる「テレマニュファクチャリング」や、加工機自身が状況判断し自律的に動作する「自律運転加工システム」の開発へと繋げていきたいと考えています。ものづくりの未来を切り拓く重要な一歩です。
■NEXTA 沓掛あすか 助教
切削は局所的に高速度で大変形を伴う加工法のため、安定したデータを取得する手段に苦労しました。比較的規模の小さい研究室レベルでの実験と、比較的規模の大きい現場での実装実証では同じ加工条件でも信号レベルが異なるため、現場の環境で検証をさせていただくことでより実用的なシステムの検討ができました。他社との差別化のため計測装置を自作したため装置の不具合解消等に時間を要しましたが、一通りの計測が可能となりました。今後は測定精度やデータ分析方法のさらなる改善に取り組んでいきたいと考えております。また、参画企業の皆様と連携して測定データを増やして装置やソフトウェアのアップデートを行うとともに、大学では測定したデータから切削現象への理解を深め、シミュレーションを用いた加工条件の検討にも発展させていきたいです。
文責:NEXTA 柴田雅光
※MACEに関するお問い合わせ
島根大学 研究・地方創生部 地方創生推進課 NEXTAプロジェクト推進室
Tel:0852-32-6138
Mail: tatara(a)office.shimane-u.ac.jp ※(a)を@に置き換えて送信ください。